らなちゃんから回ってきました、4年の代の村上立樹です!らなちゃんの文章見てると僕ってただのかまちょでしか無いですね、反省します。らなちゃんは練習やテーピングするときに勤勉さをとても感じます!
さあさあやってきましたラストブログです。ラストブログ第一号は最後の年を怪我でおじゃんにしてしまった私となりました。僕に今学期に入ってから会って無い方はご存知ないと思うのですが、あれは4月の中旬のことでした。キックキャッチフォローランという練習中、キックキャッチでジャンプをしたら左膝に全体重がかかってしまい、左膝前十字靭帯損傷という怪我を負ってしまいました。この怪我を負ったら基本的に1ヶ月後とかに手術をするのですが、手術をしてから6ヶ月後までどのスポーツも出来なくなります。9ヶ月経てばラグビーやアメフト、柔道といったフルコンタクトスポーツが出来るようになります。僕は手術をしたのが、5月なので来年の2月までフルコンが出来ません。自分は2年3年の頃は一切怪我をしていなかったのでまさかこのような大怪我を負うとは思いませんでした。自分は結構自分に甘いタイプなのでこのような言い訳出来る理由があると言い訳して堕落してしまうのですが、今年は航太が怪我人のことを見てくれて一人できついことをするよりももっときつい事が出来たと思います。また、藤本さんやはちやのトレーナーさんにはリハビリで一杯しごいてもらいました。あのときはとてもきつかったですが、今はとても感謝しています。ありがとうございました。まだ藤本さんも航太もたくさんしばいてくれると思うのでこれからもよろしくお願いします。
今思えば4年間色々な方に支えられたな、と思いました。一年目の頃は苦い思い出が多いですが、初心者練で常光さんや澁谷さんなどに一杯しばかれたことは今でも一番きつかったと思っていてあれを乗り越えたからこそ今があると思います。また、愛知教育大学との練習試合に出て自分の試合の内容が悪くて落ち込んでいたときは西島さんやひでさんといった当時の4年生に慰めてもらったり励ましてもらいました。加えて僕はあの代の時に遅刻を繰り返してご迷惑をおかけしたので今もあの時を覚えて気をつけています。
2年目は一番自分が成長した年と感じています。センターからフランカーにポジションを移したときは雪冶さんのプレーを参考にしたり宏亮さんが試合中の反則の再開の仕方について度々質問して教えてくださったときはいい勉強になりました。
3年目は2年目の時に反して不甲斐なかったなと感じました。上級生になって自分が後輩にアドバイスをしたりや参考にされるべきなのに後輩自分の方が後輩を参考にしないといけないレベルでした。自分はかなり不器用な上に最善択を見つける事が下手だったので血迷っていたなと思います。ただそんな時でも啓太さんはフロントサイドなどでたくさん当たってくれて自分がボロ負けでもしたら叱咤激励して自分をいい方向に成長してもらったのかと思います。
このように先輩の方々に支えてもらったことを書きましたが結局はずっと同期に支えてもらっていたのだと思います。自分が遅刻したときは怒ってくれて一緒に謝ってくれたし一年の時に部活を辞めたくなったときは同期が部活に行く楽しさを教えてくれました。あの頃に自分の同期が居なかったら今いるかどうかも怪しいと思います。
僕はこれからもラグビー部にいる事になりますが、これからも色々な方や同期に支えられ、助けてもらうと思います。人間一人で生きていくことはとても難しいと思います。なのでこれからは自分が支えられた分だけ他人を支えていきたいと思います。拙い文章ではありますが、最後まで目を通していただきありがとうございました。
次は恭司に回したいと思います。恭司はいつも陽気に話してくれていつも楽しく感じます。彼と喋れるのも残り3ヶ月と考えると名残惜しく感じます。これから忙しくなるけどまた一緒に遊ぼうね!
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